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大阪地方裁判所 昭和47年(ワ)4166号 判決 1974年7月05日

原告 日新ステンレス株式会社

被告 株式会社三井銀行

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、二九四万二、一〇〇円及びこれに対する昭和四七年七月一七日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

二  被告

主文同旨の判決。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、ステンレスネジなどの製造、販売を目的とする株式会社であり、被告は、銀行業を営む株式会社である。

2  原告は、次のとおり、約束手形三通(額面金額合計二九四万二、一〇〇円、以下本件手形という。)を、訴外株式会社境川工業所に振出し、交付した。

(一) 額面 一〇六万一、八〇〇円

満期 昭和四四年九月一九日

支払地 大阪市

支払場所 株式会社大和銀行阿倍野橋支店

受取人 株式会社境川工業所

振出日 昭和四四年五月一六日

振出地 大阪市

振出人 原告

(二) 額面 一二八万二、〇〇〇円

満期 昭和四四年九月三〇日

支払地 大阪市

支払場所 株式会社大和銀行阿倍野橋支店

受取人 株式会社境川工業所

振出日 昭和四四年六月三〇日

振出地 大阪市

振出人 原告

(三) 額面 五九万八、三〇〇円

満期 昭和四四年一〇月一六日

支払地 大阪市

支払場所 株式会社大和銀行阿倍野橋支店

受取人 株式会社境川工業所

振出日 昭和四四年六月一〇日

振出地 大阪市

振出人 原告

3  原告は、本件手形の各満期日に契約不履行を理由に、その支払を拒絶し、直ちに不渡処分を回避するため、支払場所である株式会社大和銀行阿倍野橋支店(以下訴外銀行という。)に、右各手形金相当金額を寄託した。

4  その後、原告は、営業不振のため、昭和四四年一〇一八日大阪地方裁判所に対し、和議の申立(当庁昭和四四年(コ)第二五号事件)をしたところ、同裁判所は、同年一〇月二〇日原告に対し、和議法(以下法という)二〇条一項に基づき、右同日以前の原因に基づいて生じた一切の債務(ただし、従業員に対する給料債務を除く。)を弁済してはならない旨の趣旨を含む保全処分決定(以下本件保全処分という。)をした。

なお、右和議申立事件については、昭和四五年三月九日和議開始決定が、続いて同年五月四日和議認可決定が、それぞれなされ、右認可決定は同月三一日確定した。

5  ところで、被告は、昭和四四年一〇月二七日原告を相手どり大阪地方裁判所に対し、本件手形を裏書により取得したことを理由に、本件手形金の支払を求める手形訴訟を提起し(当庁昭和四四年(手ワ)第二、四七五号)同年一二月二日勝訴判決(以下本件手形判決という。)を得たうえ、右判決を債務名義として、原告の訴外銀行に対する前記寄託金返還請求債権(合計金額二九四万二、一〇〇円)に対する債権差押及び転付命令を申請し(当庁昭和四四年(ル)第三、六七八号、同年(ヲ)第四、〇一四号、以下本件強制執行という。)、同年一二月一五日右申請どおりの決定を得た。

なお、右両決定正本は、債務者である原告には同月一八日、第三債務者である訴外銀行には同月一九日に、それぞれ送達された。

6  その後、被告は、昭和四七年七月一七日訴外銀行から右転付を受けた寄託金返還請求権二九四万二、一〇〇円の弁済を受けた。

7  しかしながら、本件強制執行は、次のとおり無効のものと解すべきであるから、被告は、右弁済を有効に受領できる権限を有しなかつたものである。

(一) 本件保全処分は、債務者たる原告に対し、一般債権者への弁済を禁ずるものであるが、これは単に債務者のなす任意弁済を禁ずるだけにとどまらず、その反射的効力として、一般債権者に対しても、債務者の財産に対する個別執行を禁止する趣旨のものと解すべきである。換言すれば、本件保全処分の趣旨は、和議開始決定後、和議債権者の債務者の財産に対する個別執行を禁止し、もしくは中止すべきものとしている法四〇条の効力を、右保全処分の時点にまで遡及適用せしめる点にあるものと解すべきである。けだし、任意弁済であれ、個別執行による債務の強制的実現であれ、債権の満足という法的効果においてはなんら異なるところはないのであるから、本件保全処分に右のような効力が認められないと、その実効性を保ち得ないからである。

しかのみならず、本件保全処分に右のような効力が認められないならば、徒らに一部個別債権者の抜け駆けを許して一般債権者間の公平を害し、和議申立をしたことにより一般債権者の強制執行を誘発して、却つて誠実な和議申立人を窮地に追いやることになるばかりか、法二〇条の保全処分として、和議債権者から債務者の財産に対しなされた強制執行を禁止(停止)することもできるものと解されているから、本件保全処分時に既に着手されていた強制執行は、これとは別の保全処分によつて当然停止される運命にありながら、その後に着手された強制執行は許されるという背理を認める結果になるが、かような結果の不当なることは明らかというべきである。

そうだとすれば、本件強制執行は、本件保全処分のなされた後、その趣旨に反してなされたものであることが明らかであるから、少なくとも原告並びに一般債権者に対する関係で(相対的に)無効のものと解すべく、右無効は、法四〇条、五八条の類推適用により、本件和議認可決定の確定と同時に確定したものというべきである。

(二) 仮りに、右主張が理由のないものとしても、一般に、債権者が本件のような弁済禁止の保全処分がなされていることを知りながら、あえて債務者の出捐により弁済を受けたときは、その弁済は無効であり、債権者は受領した金員を返還すべき義務があるものと解すべきところ(東京高裁昭和三六年六月一五日判決、下民集一二巻六号一三七五頁参照)、被告は、本件保全処分がなされていることを知りながら、あえて本件強制執行に及び、その結果前記のように原告の訴外銀行に対する寄託金返還請求債権の転付を受けて、原告から任意弁済を受けた場合と同様の満足を得たのであるから、本件強制執行は無効であるというべきである。

8  したがつて、被告が前記のように訴外銀行から転付を受けた寄託金返還請求債権二九四万二、一〇〇円の弁済を受けたのは、法律上の原因を欠くものというべく、そのために原告は、右同額の損失を被つたのであるから、被告は、原告に対し、右金員を不当利得として返還すべき義務があるものというべきである。

9  よつて、原告は、被告に対し、右不当利得金、及びこれに対する右金員の受領日たる昭和四七年七月一七日から完済に至るまで商事法定利率である年六分の割合による法定利息金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告の答弁と主張

1  答弁

2  主張

本件強制執行は、被告が適法に取得した本件手形判決を債務名義として、本件和議開始決定がなされるまでに着手し、かつ終了したものであるから、和議手続中に限り強制執行を禁じ、もしくは中止すべきものとしている法四〇条が適用される余地はなく、また次のとおり原告主張のような無効事由も存しないのであるから、適法かつ有効なものである。

(一) 原告は、本件保全処分は、原告が一般債権者に任意弁済することを禁止するだけにとどまらず、一般債権者に対しても、原告の財産に対する個別執行を禁止する効力を有する旨主張する。

しかしながら、本来、保全命令の効力は、当該保全命令の主文に表示された内容にしたがつて、その名宛人とされた者のみを拘束する相対的な効力しか有せず、その余の第三者を拘束するものではないから、債務者たる原告を名宛人としてなされた本件保全処分によつて、第三者たる被告が拘束を受けるいわれはないというべきである。もし、本件保全処分に原告主張のような効力が認められるならば、債務者は単なる和議の申立により、和議開始決定以前においても、申立の当否につきなんら判断を受けることなく、債権者の個別執行を阻みうることになるが、それでは、法四〇条が、和議開始決定がなされてはじめて和議債権者の個別執行を禁止し、もしくは中止すべきものとしている趣旨を没却し、和議債権者にいわれなき不測の不利益を与えることになり、かかる結果の不当なるこというまでもない。

したがつて、原告の右主張は理由がないものというべきであり、被告の本件強制執行は、なんら本件保全処分に抵触するものではない。

(二) 原告は、さらに、被告は、本件保全処分がなされていることを知りながら、あえて本件強制執行をなし、もつて債権の満足を得たのであるから、本件強制執行は無効である旨主張する。

しかしながら、被告は、本件保全処分がなされていたことは全然知らなかつたのであるから、右主張は、既にこの点において理由がない。

仮りに、被告が本件保全処分がなされていることを知つていたとしても、本件保全処分は、債務者たる原告を拘束するだけで、債権者たる被告を拘束するものではないこと前記のとおりであるから、そのことにより本件強制執行の効力が左右されることはないというべきである。

なお、本件は、被告が原告の財産に対し強制執行し、債権の満足を得たというものであつて、原告が本件保全処分に反して被告に任意弁済したというものではないから、原告引用の判例とは、その事案を異にし、右判例は本件には適切でない。

第三証拠関係<省略>

理由

一  原告の請求原因1ないし6の事実は、すべて当事者間に争いがない。

右事実によれば、被告の原告に対する本件手形金請求債権は、昭和四四年一〇月二〇日以前の原因に基づいて生じたものであること、被告は本件手形判決を債務名義として、原告の訴外銀行に対する寄託金返還請求債権に対して、債権差押、転付命令を申請し、本件強制執行に着手したのであるが、それより以前すでに原告を名宛人とし昭和四四年一〇月二〇日以前の原因に基づいて生じた債務(給料債務は除く。)の弁済禁止の趣旨を含む本件保全処分が発せられていたこと、及び右債権差押、転付命令申請手続は、本件和議開始決定がなされる前に終了していたこと、がそれぞれ明らかである。

二  そこで、原告の、本件保全処分は、その名宛人である原告が一般債権者に任意弁済することを禁ずるだけにとどまらず、一般債権者が原告の財産に対して個別執行することも禁ずる趣旨のものであるから、被告の本件強制執行は、本件保全処分の趣旨に反し、無効である旨の主張について判断する。

1  法二〇条は、裁判所は、和議開始決定の前でも、債務者の財産に対し、仮差押、仮処分その他必要な保全処分を命じうる旨規定しているが、その立法趣旨は、裁判所の適宜の保全処分により、和議開始申立後債務者の財産が散逸し、または不当に減少することを防止し、もつて和議成立の可能性を確実ならしめることを目的としているものであり、また債務者に対し債務弁済禁止の不作為を命ずる保全処分は、その裁判としての一般的性格上債務者に対してのみ右不作為を命ずる効力があるものと解すべきであつて、民事訴訟法等に明文の規定がない以上右保全処分に原告主張のような反射的効力を認めることはできないものというべきである。

以上の観点から本件保全処分をみると、その趣旨は、名宛人であり、かつ債務者たる原告が任意弁済することにより、その財産を不当に減少しようとするのを防止せんとするものであつて、その名宛人になつていない一般債権者である被告に対してその効力を及ぼし、被告より原告の財産に対して強制執行をなすことまで禁止する趣旨のものではないと認めるのが相当である。

したがつて、一般債権者たる被告のなした本件強制執行は、なんら本件保全処分の趣旨に反しないものであつて、原告の前記主張は理由がないものというべきである。

2  ところで、原告は、本件保全処分に原告主張のような効力が認められないならば、一部の債権者の抜け駈けを許して債権者間の公平を害すること、和議の申立により一般債権者の個別執行を誘発し、却つて和議申立人を窮地に追い込む結果になること、及び保全命令時に着手されていた強制執行は停止されるのに、その後に着手した強制執行は許されるという矛盾を生じること、などの弊害をもたらすことになる旨主張する。

しかしながら、法四〇条が和議開始決定がなされてはじめて債権者の個別執行を禁止し、もしくは中止すべきものとしていることからすれば、右決定がなされるまでは、特段の事情がない限り、債権者の個別執行は特に禁止されていないものと解されるから、この段階では、原告主張のような債権者公平の原則は適用の余地がないものと解すべきである。そして、もし債権者の右のような個別執行により原告主張のような弊害、矛盾が生じ、若しくは生じることが予測され、もつて和議の成立が危ぶまれるときは、予じめ法二〇条に基づき債権者を相手方として右個別執行の申立を禁止する旨その他適宜の保全処分を申請する手段がないわけではないのであるから、明文の規定がないにもかかわらず、本件保全処分の効力を原告主張のように拡張的に解釈しなければならない合理的な理由は、いささかも存しないものといわなければならない。

三  次に、原告の、被告は、本件保全処分がなされていることを知りながら、あえて本件強制執行に及び、債権の満足を得たのであるから、本件強制執行は無効であるとの主張について判断するに、本件保全処分は、その名宛人たる原告のみを拘束するものであつて、名宛人になつていない被告が原告の財産に対し個別執行をなすことまで禁止するものではないこと前説示のとおりであるから、仮りに、被告が本件保全処分の存在につき悪意であつたとしても、原告から任意弁済を受ける場合とは異なり、原告の財産に対して本件強制執行をなすことは許容され、本件強制執行の無効をきたすものではないから、原告の右主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないものというべきである。

四、以上説示したとおり、本件強制執行には原告主張のような無効事由は認められず、また前記本件強制執行のなされた経緯に照らしても、他にこれを無効としなければならないような特段の事情も認められない。

したがつて、本件強制執行が無効であることを前提に、不当利得として、被告が訴外銀行から被転付債権の弁済として受領した金員の返還を求める原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないものというべきである。

よつて、原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 西内辰樹 田畑豊 木村修治)

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